チーム『ラストホープ』の奇妙な共同生活が始まって、数日が過ぎた。
西寮――旧別館の三人部屋は、日当たりも風通しも悪い。男女混合という異常な環境に慣れるとは言い難かったが、三人はそれぞれのやり方で、最低限の生活を成立させようと努めていた。彼らの適応は三者三様で、そこに性格と資質が如実に滲む。 朝、一番に起きるのは猛だ。夜明けと同時にベッドから跳ね起き、兵士の点呼のような勢いでトレーニングウェアに着替える。 静寂を平然と破り、部屋の片隅で腕立て伏せと腹筋。そのまま外へ飛び出して敷地内を走り込み、汗だくで戻ってくるのが常となった。 彼にとって朝の騒々しさは『鍛錬の証』だが、同室の二人にとっては安眠の敵である――この非対称性に、猛自身は気づいていても修正までは至らない。 次に起きるのは青野である。彼は猛とは対照的に、朝を優雅に使う。 携帯用のティーセットで紅茶を淹れ、読書をしながらゆっくり口に運ぶ。湯気の向こうで、彼はよく観察していた。 ベッドで気配を消す白河の沈黙も、トレーニングから戻って床に転がる猛の息遣いも、彼には情報であり材料である。彼はそれらをただ見るのではなく、後で役立つ配置として頭に並べていた。 そして白河。彼女は二人が部屋を出るその寸前までベッドの中で気配を限りなく薄くする。 着替えも洗面も、人のいない隙やトイレの個室で素早く済ませる。部屋にいる間は、自分のベッドで膝を抱え、分厚い専門書かタブレット端末に逃げ込むのが常だった。 彼女にとって見られないことは安心の前提条件であり、男女混合という状況はそれを恒常的に侵す。彼女の神経は、常に小動物のそれに近い警戒域で稼働している。 食事もいつの間にか一人で終える。食堂で彼女の姿を見ることは稀だった。消耗を避けるため、彼女は人との接触を最小に保つ戦略を選んでいる。 「おい白河、ちょっとは部屋から出ろよ。カビ生えるぞ」 猛が何度か声をかけるたび、白河はビクリと肩を震わせるだけで返事はない。返す言葉より先に防御が作動してしまうのだ。 「まあまあ、赤星くん。白河さんには白河さんのペースがあるんですよ」 青野は宥める。しかし、彼には二人の摩擦を面白がっている節が見え隠れしている。 チームワーク以前に、まともなコミュニケーションすら成立していない――それが、現時点の『ラストホープ』の正確な診断だった。 * * * 授業が始まると、三人の凸凹はさらに鮮明になった。 不知火探偵学園のカリキュラムは、探偵に必要な領域を横断する。午前は座学――推理学、法医学、犯罪心理学、情報分析、暗号解読。 「――つまり、ベイジアンネットワークを用いることで、不確定な情報下における仮説の|尤度《ゆうど》を定量的に評価し、より確度の高い推論を導き出すことが可能となるわけです」 教壇の|神宮寺慧《じんぐうじ けい》教官は、論の積み上げに無駄がない。 だが猛には、その論理は呪文に等しい。彼の意識はしばしば瞼の裏へ滑り、辛うじて睡魔と拮抗している。未知の語彙は、彼にとって今は障害物でしかない。 一方、青野は涼しい顔でノートを取り、要所で鋭い質問を差し込む。問いは虚飾なく、授業の骨格を確かめる種類のものだ。神宮寺の目がわずかに愉悦を帯びる。対話が成立する相手として認められた証だ。 白河は、水を得た魚だった。難解な説明を平然と吸収し、ときにこう問いを放つ。 「……先生、その理論ですと、特定の条件下におけるモンテカルロ法の収束速度に問題が生じる可能性は考慮されていますか?」 声はか細いが、内容は正確に急所を突く。その瞬間だけ、彼女の表情には確かな自信が宿る。彼女にとって知識は防具ではなく、呼吸に近い。 午後の実技になると、板は裏返る。 広いトレーニングジム、市街地を模した実習コース。ここは猛の領域だ。体力測定の記録は次々と塗り替えられ、追跡や格闘の訓練では、元特殊部隊員の|剛田猛《ごうだ たける》教官でさえ「規格外だ」と唸る。 「うおおおおっ!」 模擬市街地の壁を駆け上がり、ビルからビルへ軽々と飛ぶ猛に、周囲は唖然とする。彼の身体は、言語化できない何かを持っている。 青野は体力も運動神経も平均的で、危険の見切りに長け、護身術はそつがないが上位層の生徒には及ばない。 一方で、交渉術や尋問術のロールプレイでは、話術と心理操作の勘が冴え、相手役の上級生から情報を巧みに引き出す。彼は力ではなく状況を動かすことに快感を覚える。 問題は白河。五十メートル走も走り切れず、護身術では触れられるだけで固まる。見学が定位置になり、同情の視線が集まる。身体が環境に対して固まることを選ぶのは、彼女の長年の生存戦略の副作用でもあった。 「おい、白河、大丈夫か?」 訓練後、ぐったりする彼女に猛がスポーツドリンクを差し出す。白河は一瞬ためらい、恐れと礼儀のせめぎ合いの末に小さく頷き、震える手で受け取った。 彼女にとって受け取るという行為は小さくない決断だ。 * * * 授業と訓練を通じ、三人は序列システムが単なる順位ではないことを痛感する。 科学捜査ラボの最新機器は、原則として上位チームの専有に近い。最下位の彼らが自由に使えるのは基本的な機材だけで、高度な分析は上位への依頼か特別許可が要る。 図書館のデータベースでも、非公開資料や最新論文へのアクセスは序列で線引きされる。情報は力であり、力は序列を強化する――構造は自明だ。 教師の態度も違う。序列一位チーム・プロミネンス、特に神楽坂には期待が集まり、質問には時間を割いて丁寧に応じる。 『ラストホープ』への露骨な軽蔑はないが、期待されていない空気は消えない。鬼瓦は厳格を崩さず、神宮寺は猛の学業に眉をひそめ、剛田は白河の体力に頭を抱える。 唯一、交渉術担当のジャッカル教官だけが青野に濃厚な興味を示すが、その指導には危うい香りが混ざる。結果だけを重んじる者が教える手段は、ときに細い綱の上を歩かせる。 他の生徒の視線も冷えていく。 「あれがラストホープだ」「すぐ消える」――食堂でも廊下でも、ささやきは総量を増やした。囁きは評価ではなく、未来の予言のつもりで語られる。 猛は焦りを覚え始める。身体能力は通用するが、それだけではこの学園で生き残ることはできないと、彼は正しく理解していた。 青野もまた、飄々とした仮面の裏で分析する。自分の話術は状況を撹拌できるが、盤面を変えるには別種の力が要る、と。 白河は俯いたまま考える。知識だけでは足りない。だが自分に差し出せるものが、何かあるだろうか、と。 三者の思考は交わらないが、向いている先は同じだ。 序列の壁は厚い。現実は厳しい。それでも、ここで足掻く以外の選択肢は三人のどこにもない。 そんな息苦しい日々の朝、鬼瓦教官がホームルームで重要事項を告げた。彼は機会と脅しを同時に配る術を心得ている。 「――次の授業で、最初の本格的な模擬事件演習を行う! これまでの座学や訓練とは異なり、模擬とはいえ実際に事件に直面し、解決に導く一連の流れをやってもらう!」 そして、意図的に間を置いてから、彼は『ラストホープ』の方へ視線を落とす。 「この演習では、解決までの速さと正確さが評価され、その結果が序列ポイントに直結する。序列下位のチームにはポイントを稼ぐ絶好の機会だ……同時に、ここで無様な結果ならば退学勧告が現実味を帯びると思え!」 上位の面々は自信を隠さない。『ラストホープ』の三人には、緊張が走る。しかし緊張は、方向づけさえ誤らなければ、最も即効性のある燃料でもある。 最初の試練――模擬事件演習。そこが正念場であることを、彼らは三人とも正確に理解していた。「――これより、模擬事件演習を開始する! 制限時間は六十分! 健闘を祈る!」 鬼瓦教官の号令が、磨かれた廊下に反響し、緊張の粒を振りまいた。新入生たちは一斉に第一美術室の扉へと雪崩れ込み、空気の温度が一段低くなる。 油彩と洗い残した松ヤニ、石膏粉の乾いた匂い――美術室特有の匂いが、初めての現場に踏み入った彼らの鼻腔を刺す。 最下位チーム『ラストホープ』――猛、青野、白河――も他の生徒の流れに続いて入室した。それぞれが抱く焦りと期待の温度は違うが、「ここで点を取らねば終わる」という自覚だけは奇妙な一致を見ていた。 彼らを迎えたのは、美術室特有の匂いだけではない。部屋中央――展示の主役として据えられているはずの銅像『思索する猫』が、忽然と消えている。空っぽの展示台が、かえって不在の輪郭をくっきりと浮かび上がらせていた。 さらに、奥の窓が数センチ開いており、窓枠には泥を含んだ小さな靴底の痕が二つ、内外に跨ぐように残されていた。 生徒たちが散開し、現場の情報を拾い始めた矢先、扉口で顔面蒼白の女性が声を上げる。「あ、ああ……! ない! ないわ! 私の『思索する猫』がっ!」 被害者役の美術教師にして美術部顧問、|彩吹詩織《あやぶき しおり》。彼女は段取り通りに、生徒たちと同時に入室し、発見したこの惨状を告げる。 目尻には涙の縁をにじませており、その演技っぷりはやや大仰にも思える。「先生、落ち着いてください」 序列一位『プロミネンス』の神楽坂が最短の距離で近づき、声のトーンだけで場を制する。隣で西園寺玲華が手帳を開き、轟周平は室内の出入口と窓の位置関係を無言で測る。三人は練れた連携を、言葉少なに立ち上げていた。「一体、何があったのですか?」「わ、私にも……! 最後に像を確認したのは、今日の九時五十分ごろ。その時は確かに、あの展示台の上にありました。それから隣の準備室に十分ほど用があって……十時ちょうどに戻ったら、この有様で……!」 彩吹は震える息の合間に必要な情報を置く。盗まれた『思索する猫』は高さ三十センチ
「――ここで無様な結果を出せば、いよいよ退学勧告が現実味を帯びてくると思え!」 鬼瓦教官の宣告が、朝のホームルームの空気を一気に凍てつかせた。最初の本格的な模擬事件演習――序列最下位の『ラストホープ』にとっては、崖っぷちで踏みとどまるか、滑り落ちるかの分水嶺である。 教室前方、序列上位の生徒たちが座る一角からは、「ようやく腕試しができるな」「ポイントを稼ぐチャンスだ」といった自信に満ちた囁きが波紋のように広がる。 とりわけ序列一位『プロミネンス』の神楽坂は、口角をわずかに上げて余裕を見せ、隣の|西園寺玲華《さいおんじ れいか》は優雅に微笑み、|轟周平《とどろき しゅうへい》は微動だにしない。 彼らにとって演習は、実力を改めて証明するための通過儀礼にすぎないのだ。 一方、教室後方の最下位席に集う三人――猛、青野、白河――の周囲には重たい気配が降りていた。もっとも、その重さの中身は同じではない。 猛は緊張よりも闘志が先に立ち、鬱憤を晴らす好機だと拳を握る。身体能力で他を黙らせる、その場面を頭の中で何度も反芻していた。 青野はリスクとリターンを秤にかける。やり方次第で一気に序列を押し上げられるが、鍵は連携にある――猛の突進力を制御し、白河の知を最大化し、自分は要として話を回す。その算段を静かに組み上げる。 白河は顔面蒼白のまま、ただその言葉の中に『謎』があることだけを確かに感じ取っていた。本物ではない――演習だ。だが、解くべき問題があるなら向き合えるかもしれない、という微かな好奇心が瞳に灯る。 鬼瓦は各々の表情をざっと撫で、畳みかける。「今回の演習の舞台は、第一美術室だ。課題は、美術室内で発生したとされる『盗難事件』の解決。制限時間は六十分! 盗まれたとされる美術品一点と、犯人役を務める上級生一名を特定し、確保すること!」 美術室、盗難、六十分――具体が与えられると、教室の空気が緊張にきしむ。「評価基準は、第一に解決までのスピード。第二に推理の正確性、証拠の確保状況。そして、チームワークだ。単独でのスタンドプレーは評価せん。いかに
チーム『ラストホープ』の奇妙な共同生活が始まって、数日が過ぎた。 西寮――旧別館の三人部屋は、日当たりも風通しも悪い。男女混合という異常な環境に慣れるとは言い難かったが、三人はそれぞれのやり方で、最低限の生活を成立させようと努めていた。彼らの適応は三者三様で、そこに性格と資質が如実に滲む。 朝、一番に起きるのは猛だ。夜明けと同時にベッドから跳ね起き、兵士の点呼のような勢いでトレーニングウェアに着替える。 静寂を平然と破り、部屋の片隅で腕立て伏せと腹筋。そのまま外へ飛び出して敷地内を走り込み、汗だくで戻ってくるのが常となった。 彼にとって朝の騒々しさは『鍛錬の証』だが、同室の二人にとっては安眠の敵である――この非対称性に、猛自身は気づいていても修正までは至らない。 次に起きるのは青野である。彼は猛とは対照的に、朝を優雅に使う。 携帯用のティーセットで紅茶を淹れ、読書をしながらゆっくり口に運ぶ。湯気の向こうで、彼はよく観察していた。 ベッドで気配を消す白河の沈黙も、トレーニングから戻って床に転がる猛の息遣いも、彼には情報であり材料である。彼はそれらをただ見るのではなく、後で役立つ配置として頭に並べていた。 そして白河。彼女は二人が部屋を出るその寸前までベッドの中で気配を限りなく薄くする。 着替えも洗面も、人のいない隙やトイレの個室で素早く済ませる。部屋にいる間は、自分のベッドで膝を抱え、分厚い専門書かタブレット端末に逃げ込むのが常だった。 彼女にとって見られないことは安心の前提条件であり、男女混合という状況はそれを恒常的に侵す。彼女の神経は、常に小動物のそれに近い警戒域で稼働している。 食事もいつの間にか一人で終える。食堂で彼女の姿を見ることは稀だった。消耗を避けるため、彼女は人との接触を最小に保つ戦略を選んでいる。「おい白河、ちょっとは部屋から出ろよ。カビ生えるぞ」 猛が何度か声をかけるたび、白河はビクリと肩を震わせるだけで返事はない。返す言葉より先に防御が作動してしまうのだ。「まあまあ、赤星くん。白河さんには白河さんのペースがあるんですよ」 青野は宥める。しかし、彼には二人の摩擦を面白がっている節が見え隠れしている。 チームワーク以前に、まともなコミュニケーションすら成立していない――それが、現時点の『ラストホープ』の正確な診断だ
序列五十位、最下位――その数字は、三人の胸に別々の形で沈んだ。猛には悔しさと意地として、青野には冷静な現状把握として、白河には身体の末端を冷やす不安として。 講堂に満ちていたはずの期待は引き潮のように消え、残るのは冷ややかな視線の針と、教官の声だけだった。 「――特に、下位のチーム! 油断している暇など微塵もないと思え!」 担任となる鬼瓦の視線は、的確に弱い環を射抜く。彼は群衆のざわめきから三人の反応を拾い上げ、圧力という教材がいま最も効果的に作用する標的を本能で見分けていた。 「毎学期末に序列は見直される! 結果を出せんチームは容赦なく切り捨てる! 『ラストホープ』などという名前がついたが、本当に最後の望みとなるか、あるいは最初に消えることになるか……すべては貴様ら次第だ!」 死刑宣告めいた言葉は演出ではない。ここでは結果だけが盾であり剣だ。猛は唇を噛み、青野は小さく息を抜いて心拍を整え、白河の肩は目に見えぬほど微かに震えた。 「オリエンテーションはこれで終了だ! 各自、自分の寮の部屋を確認し、荷物を整理しろ! 明日から早速、授業を開始する! 遅れるなよ! 解散!」 号令と同時に、椅子の擦れる音と足音が洪水のように広がった。流れに乗れない者は、いつだって少数派で自覚的だ。猛もその一人として立ち尽くす。自尊心と現実の間で足が止まるからだ。 「――あの、赤星猛くん、ですよね?」 背後から届いた声は、相手の防御を下げる温度を持っていた。振り返った猛の前に、青野渉が人懐っこい笑みを浮かべて立っている。距離を測るのが速いタイプだ、と猛は無意識に判断する。 「ああ、そうだけど……お前は、青野――だっけか」 「ええ、青野渉です。それから、もう一人の――」 青野の視線は、出口付近で立ち止まる小柄な影を捉える。大きな眼鏡の奥で、白河ことねの瞳が不安に揺れていた。場違いという語を、彼女は自分の輪郭に貼り付けて感じ取っている。 「白河さん、でしたよね? 同じチームの青野です。よろしく」 柔らかな声かけにも、白河の身体は反射的にこわばる。彼女の反応速度は、危険回避に最適化されている。 「………は、はい……し、白河…です……よろしく、お願い、しますぅ……」 蚊の鳴くような声が、ようやく言葉の形を取る。会話は成立したが、交流にはまだ距離
四月――満開の桜が風に舞い、新たな始まりを告げる季節。 |赤星猛《あかぼし たける》は、ごくりと喉を鳴らし、目の前にそびえ立つ壮麗な門を見上げていた。門柱に刻まれた文字は『|不知火《しらぬい》探偵学園』。全国から選び抜かれた探偵の卵たちが集う、国内最高峰の養成機関である。 彼は、ここが自分のスタートラインだと直感していたが、その胸中には期待と、それ以上の不安がないまぜになっていた。 猛は運動神経に絶対の自信を持つ。体力測定や実技試験はトップクラスの成績だった。だがペーパーテストは壊滅的で、補欠合格という綱渡りの末に、この門の内側へ足を踏み入れようとしている。 周囲には、いかにも頭脳明晰といった風情の少年少女が、洗練された制服に身を包み、当然のような表情で行き交っていた。場違い感は、彼一人の錯覚ではない――少なくとも猛はそう受け止めていた。 「おい、邪魔だぞ、そこの赤毛」 不意に背後から声が飛ぶ。猛が弾かれたように振り返ると、銀縁眼鏡の奥から冷たい視線を向ける、線の細い男子生徒が立っている。寸分の乱れもない制服の着こなしは、少し着崩した猛のそれと鮮やかな対照を成していた。 彼――|神楽坂雅《かぐらざか みやび》は、目の前の新入生を障害物程度にしか認識していない。彼にとって列の滞りは、最初の印象管理を損なう瑕疵にすぎなかった。 「あ、ああ、悪い」 猛が慌てて道を開けると、神楽坂は鼻で笑うようにわずかに口角を動かし、その横を通り過ぎる。取り巻きらしき数人が間を置かず後に続いた。 彼らは、まだ入学式すら終えていないにもかかわらず、すでに自分たちの立ち位置を疑っていない。 感じの悪さに猛は小さく悪態を飲み込み、すぐに気を引き締め直す。学力で劣るなら、他で補えばいい――そう彼は考えていた。 運動神経への揺るぎない自負、そして『人を守りたい』という衝動。それらがあればやっていける、と彼は自らを鼓舞する。彼の胸の内に宿る意地は、今この瞬間、誰にも気づかれていない。 「やってやるぞ……!」 拳を握りしめ、猛は決意を新たに、桜吹雪が舞う門をくぐった。彼が知らぬまに、同じ門をくぐる別の新入生の胸中でも、別様の決意が静かに固まっていた。 * * * 入学式が行われる講堂は、歴史と格式を感じさせ